SHOGI RATING & STORIES

歴代最強は誰か

結論から言うと、このデータでは1人に決められません。生のレートは時代ごとに水準が違うので、そのまま並べても比較になりません。代わりに「その時点の現役トップ10平均から何点抜けていたか」で測っています。

棋士抜け出し度時期当時の現役数トップ3基準の順位ばらつきで割った順位
1藤井聡太299.92024-0118911
2中原誠227.71973-087723
3大山康晴220.31965-074842
4羽生善治215.51996-0414134
5渡辺明171.52013-0418257
6升田幸三150.61958-014065
7永瀬拓矢144.02020-081791611
8佐藤康光135.92006-10177813
9米長邦雄130.21984-081191010
10谷川浩司125.81990-1013776
11森内俊之122.12004-041741216
12二上達也112.31966-1049179

🔴 古い時代の数字は精度が違います

1950年代以前はこの表に出てきません。当時は現役棋士が40人に満たず(1940年で25人)、「同時代の上位40人」という比較の土台そのものが作れないためです。⚠️これはその時代の棋士が弱いという意味ではなく、「測れない」という意味です。

🔴そして表に載っている中でも、古いほど土台が薄くなります。レートは対局を重ねて初めて定まるので、対局数が少ない時代は本人の数字も、比べる相手の数字も、はっきりしません。実際にはこれだけ違います:

棋士ピーク時期当時の現役数比べた相手10人の平均対局数1人あたり年間対局数
藤井聡太2024-01189856局30.4局
渡辺明2013-04182909局26.1局
羽生善治1996-04141465局16.2局
中原誠1973-0877239局7.9局
大山康晴1965-0748248局6.3局
升田幸三1958-0140175局8.1局

「比べた相手10人の平均対局数」=ピーク時点までに比較相手(現役トップ10・本人除く)が積んでいた累積対局数の平均。「1人あたり年間対局数」=ピーク前1年間に現役棋士が指した対局数の平均(いずれもこのデータでの実測)。

⚠️加えて、古い対局は記録そのものが大きく欠けています。順位戦で確かめると、直近の期(第83期)はA級100%・B級2組98%・C級2組93%とほぼ揃っているのに対し、たとえば1950年は、9局を指した棋士が1人いるのに、42人の中央値は1局しかありません(同じ年に9局指せる制度があったのに、大半が1局しか残っていない)。⚠️昔と今では順位戦の対局数の規定そのものが違うため(現在はA級9局・B級1組12局・B級2組以下10局。1963年・1972年に変更)、「何%欠けている」と正確な割合は出せません。⇒ 大山・升田・中原の時代の数値は、藤井・羽生の数値と同じ精度では読めません。順位を1つ2つ争う議論には使えない、というのが正直なところです。

「当時の現役数」は女流棋士とアマチュアを除いた数です。女流棋士の制度は1974年からで、片方の時代にだけ混ぜると比較になりません。アマチュアは公式戦に出場しても上位40人には入らないため順位そのものは変わりませんが、人数の数え方として外しています(⚠️アマチュアの判別は2003年以降しかできないので、それ以前の人数にはアマチュアが含まれている可能性があります)。右の2列は基準を変えたときの順位です。「トップ3基準」は各時代で同じ人数と比べた版、「ばらつきで割った」はレートの広がり自体が時代で違うことを補正した版。⚠️現役棋士の数は時代で大きく違います(このデータでは40人〜192人)。

いちばん素直な測り方=2位との差

上の表は「トップ10平均との差」でしたが、何人の中の上位10人かは時代で違います(1970年代は現役76人、いまは188人)。その影響を受けない測り方が「1位のとき2位を何点引き離していたか」です。こちらだと並びが変わります

棋士2位との差時期当時の現役数
1藤井聡太230.4点2024-01189
2羽生善治172.1点1996-02141
3大山康晴156.1点1967-0448
4中原誠145.9点1973-0877
5佐藤天彦71.1点2016-12183
6渡辺明71.0点2019-10182
7米長邦雄61.4点1984-11119
8谷川浩司58.8点1990-08137

測り方を変えると順位が入れ替わる

「現役」を直近何年の対局で判定するかを変えただけの結果です。1年にすると1位が入れ替わります。

直近1年直近2年直近3年直近5年
1藤井聡太 5.63藤井聡太 5.63藤井聡太 5.63大山康晴 5.64
2中原誠 5.19大山康晴 5.40大山康晴 5.49藤井聡太 5.63
3大山康晴 4.88中原誠 5.30中原誠 5.41中原誠 5.09
4羽生善治 3.88羽生善治 3.88羽生善治 3.88羽生善治 3.89
5升田幸三 2.72升田幸三 2.93升田幸三 3.35升田幸三 3.52

抜けていた棋士のキャリア

藤井聡太

1500160017001800190020002100201220142017202020232026

棋戦が特定できる最初の対局は2016年12月、竜王戦で加藤一二三と戦い勝った。 同時代から最も抜けていたのは2024-01で299.9点(当時の現役189人)。藤井聡太のページ →

中原誠

1500160017001800195519651976198619972008

棋戦が特定できる最初の対局は1964年8月、古豪新鋭戦で米長邦雄と戦い敗れた。 同時代から最も抜けていたのは1973-08で227.7点(当時の現役77人)。中原誠のページ →

大山康晴

1500160017001800193619471958196919801992

棋戦が特定できる最初の対局は1941年10月、名人戦で加藤治郎と戦い勝った。 同時代から最も抜けていたのは1965-07で220.3点(当時の現役48人)。大山康晴のページ →

羽生善治

150016001700180019002000198119901999200820172026

棋戦が特定できる最初の対局は1985年11月、新人王戦で瀬戸博晴と戦い勝った。 同時代から最も抜けていたのは1996-04で215.5点(当時の現役141人)。羽生善治のページ →

渡辺明

150016001700180019002000200020052010201520202026

棋戦が特定できる最初の対局は2000年4月、棋聖戦で佐藤紳哉と戦い勝った。 同時代から最も抜けていたのは2013-04で171.5点(当時の現役182人)。渡辺明のページ →

升田幸三

15001550160016501700193219431955196619781990

棋戦が特定できる最初の対局は1946年6月、順位戦で松田辰雄と戦い勝った。 同時代から最も抜けていたのは1958-01で150.6点(当時の現役40人)。升田幸三のページ →

⚠️2018年以前は対局データの欠損が多く、古い時代ほど母集団が薄くなります。この点でも年代をまたいだ数値の直接比較はできません。